このまま死んでも大丈夫? 【孤独死】と”終活”について考える

自分の人生の最後について考えたことありますか?

以前、「七日間」と夫婦の形で、パートナーとの死別について書いた。
結婚している人にとってパートナーとの死別というのは大きなテーマだと思う。

 

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夫婦、どちらが先に

人生の最後の瞬間をパートナーと一緒に過ごしたいというのは僕のささやかな願いだ。

でも、「僕のそんな願いが実現した場合、妻の最後は誰が看取ってくれるのだろうか?」という問題が浮上するのがこの願いの悩ましい所だ。

どんなにあがいても人は必ず死ぬ訳で。

そうであるなら、自分の最後の事についていつか考えなくてはいけない時が来る。

自分はまだ30代中盤で、自分の「死」という事に向き合い、深く考えた事があまり無かった。

 

しかし先日、妻が大きな病気になって、「パートナーとの死別」という事と「自分自身の最後」という事についてちょっと考えさせられる機会となった。

そんな折に、NHKで孤独死と終活についての特集をやるのを知り、興味があったのでちょっと見てみた。

 

日本の高齢者の孤独死

日本では高齢者だけで年間2万7000人が孤独死をしているそうだ。

高齢者の孤独死だけで2万7000人、ここに若い人も入れたなら年間相当な人数が孤独死を迎えている事になる。

正直、番組を見始めた時は、「孤独死についての不安は主に独身の人々が感じている事だろう」と軽く考えていた。
ところが、実態はそうでもないようだ。

 

番組の中で提示された統計によると、

  • 独身の人で孤独死に対して不安を感じている現役世代(40〜50代)の人は 63%
  • 既婚者で孤独死に対して不安を感じている現役世代(40〜50代)の人は 57%

両者ほとんど変わらない数値だ。

 

既婚でも子供がいても孤独死

「孤独死は独身の人だけの問題だろう」と思いながら見ていたが、独身者も既婚者も同じように不安を抱いているというこの結果にちょっと驚いた。
でも、よくよく考えてみればこれは当然の結果だろう。

だって、結婚していて子供が居たって、自分の人生の終盤には家族の状況がどうなっているのかは分からないのだ。

 

子供はいつか親元を巣立って独立していく。

パートナーだって、いずれは死ぬのだ。

そうすると、残された方は必然的に孤独死のリスクの中に置かれることになる。

 

また、パートナーとの死別を体験するまでもなく、離婚という形で結婚生活を終えて、パートナーと別れる可能性もあるだろう。

実際、番組の中で50代の男性が癌で孤独死し、死後1ヶ月以上経ってから発見された事例が紹介されていたが、その男性の状況が正にそうだった。

男性は結婚して子供も居たそうだが、奥さんとは離婚をしており、孤立した状態で生活をしていて孤独死をしたのだそうだ。

癌だったのなら、自分の状態を分かっていただろう。

痛みで身体を動かせず、助けてくれる人も居ない中で徐々に弱っていく絶望感はどれ程のものだっただろうかと思い、ゾッとしてしまった。

 

そんな風に様々な事例を見せられると、確かに孤独死というのは大勢のとって無関係な問題では無いのだと思わされる。

番組の中では孤独死を防ぐために終活を積極的にしている人たちが紹介されていた。

 

孤独死を防ぐための方法

anaterate / Pixabay

色々な終活の方法があるようだったけれど、基本的な方針としてその人たちがやっていた事は、コミュニティに所属し、助け合って生きていける人々との関係を構築するという事だった。

「自分が独りでどうにもならない時には助けてね。

でも、あなたが独りでどうにもならない時には助けるよ。」

という方針でお付き合いをする新しい友人・知人の輪を作っているのだ。

 

番組を見ていて面白いなと思ったのは、その人たちの多くは家族や親戚関係といった内側人々ではなく、家の外に助けを求め、新しい人間関係を築こうとしていた所だ。

僕がイメージする昔の日本(大正から昭和の時代くらい)、「古き良き日本」のイメージだと、そうした人生の最後の時に自分を助けてくれる人というのは家族や親戚が最後の砦みたいな感じがしていた。

 

でも、少なくともこの番組の中で紹介されている人々は親戚などの家の内側の人たちではなく、全く縁もゆかりも無い、同じ志・同じ悩みを抱えている人たちに対して助けを求めているのだ。

現代の日本では核家族化が進み、ご近所付き合いはおろか、親戚付き合いさえ疎遠になっている人が少なくないという事なのか、あるいは「利害関係が一致している人の方がいざ自分が頼る時に心苦しさを感じないから」と思っているからなのかは分からない。

ただ、孤独死を不安に感じる人たちの大きな理由の1つが、「自分が孤独死をすることで他人に迷惑をかけたく無い」というものであった事が関係しているのかなとは思った。

サザエさんのような家族は日本において、もはや完全に昭和の遺物なのかもしれない。

 

病気の時に感じる孤独死の不安

テレビで見ていると、どこか他人事のように感じる部分があるが、考えてみると自分の周りでも孤独死に対する不安についての声を聞くことがある事に気がつく。

僕が務めている会社の先輩の話だ。

以前、先輩や上司の方々と飲みに行った時に40代(独身)の先輩がこんな事を話していたのだ。

「若い時には結婚なんてわずらわしいだけだと思っていた。でも歳をとって来て体力が落ちて来たのが分かる。インフルエンザとかにかかって独り布団に転がっていると、このまま弱っていって、誰にも助けを求められないまま孤独死してしまうんじゃ無いかと不安になることがあるよ。」

 

その時は、「ふーん、そんなものか」と軽く考えていた。
でも今思うと、独りの時に重い病気になって助けを呼べないって結構切実な問題だなと思う。

先日、妻が結構重い病気になった。

妻の病気が発症した日、僕はたまたま休みで家で妻と一緒に居たのだ。

さっきまで元気だった妻の様子が急変した時は焦った。

目の前で起きている状況が理解できず、パニックになりながらも慌てて救急車を呼び、事なきを得た。

 

医者からも遅れていたら大変な事になっていたと言われた。

実は妻が病気で倒れた翌週には僕は海外出張の予定が入っていたのだ。

もし出張の予定が1週間早いスケジュールだったら妻は恐らく助かっていなかっただろう。

幸いな事に今回は、大きな問題とならなかったが、もし次があったらどうなるか分からない。

 

死と向き合う

我が家ではこれを機に緊急時のマニュアル的なものを作ろうとしている。

そういう事も踏まえて、孤独死というのは独身の人も結婚している人も関係ないと思う。

日本社会は「死」というものが上手に隠されていて、僕らは中々人の死に目に会う事が少ない。

そしてその結果、「死」について考えたり、「死」という事と向き合ったりする機会が少ないように感じる。

中々リアリティを感じない事ではあるけど、いずれ全ての人が必ず経験するという意味では「死」程リアルなものは無い。

人生の後半戦を見据えて早いうちから積極的に終活をするのも良いかもしれないと、番組を見て思った今日この頃。

 

 

 


 

管理人@妻のコメント

 

今までは旦那より私の方が健康で、平均寿命を考えれば私の方が長生きかなと漠然と思っていました。

しかし、今回私が知らなかった生まれつきの体の疾患で急病&重病になって、改めて人生何があるかわからないなーと思った次第です。(天災とか事故の危険もありますし)

 

みんながみんな孤独死の心配&不安があるわけです。

老人ホームとかに入れたら良いですけど、そうもいかない世の中。

今でも同じ団地にはおばあちゃんだけ住んでそうなお家がいくつかあります。

そう思うと、人の繋がりは大切ですね。ケアマネとかお手伝いさん訪問でもなんでも良いので一週間に二、三回は常時会う人を作っておくべなのかもとか思います。

 

いやー、今回の急病は、思えば自分で救急車を呼ぼうとしても言葉になってなかったので「119」押して電話しても伝わらなかった立とうと思うと薄ら寒いです。

 

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